帆布と倉敷、「約7割」のいま

帆布の号数の読み方と、倉敷の帆布を語るときによく出てくる「国産の約7割」が、いつの何の数字なのか。

編集部|公開:2026年11月6日

倉敷の帆布について調べると、「国産の約7割」という数字によく行き当たる。倉敷市の日本遺産のページも、倉敷帆布の公式サイトも、そう書いている[s2][s3]。ただ、どちらのページにも、それが何年の数字なのかは書かれていない[s2][s3]。約7割とは、いつの、何の割合なのか。

船の帆から、かばんへ

帆布は、細い糸を何本か撚り合わせ、目を詰めて平織りにした厚手の布だ[s1]。始まりは古代エジプトで、船の帆として使われたのが起こりとされる[s1][s3]。日本には江戸時代に伝わり、やはり船の帆に使われた[s1]。明治以降はテントや小物に広がり、いまでは跳び箱のいちばん上の段、相撲のまわし、油絵のキャンバス、かばんや靴にも使われている[s1]。

児島の撚糸と厚物の機屋

倉敷の帆布の機屋は、児島の郷内地区に集まっていた[s3]。江戸時代の児島は干拓地での綿づくりが盛んで、耕地の乏しい土地柄から、農作業の合間に綿を紐や布地に加工するようになった[s3]。1888年、郷内で武鑓石五郎と梅の夫婦が厚物を織る工場を始める[s3][s5]。いまのタケヤリの始まりだ[s5]。1923年(大正12年)には鉄の歯車で動く撚糸機ができ、撚糸を本業にする家が増えた[s3]。

帆布の厚みを大きく左右するのは、何本の糸を撚り合わせるかだ[s4]。倉敷市の日本遺産のページは、繊維業の歴史の中で培われた糸を撚る技術が、帆布の厚さに合わせた糸づくりを可能にしたと説明している[s2]。1933年には、石五郎と梅の三男が郷内に丸進工業を起こした[s3][s5]。のちにタケヤリと丸進工業、タケヤリ帆布協同組合が出資して、帆布の企画と販売を担う会社バイストン(いまの倉敷帆布)をつくる[s5]。社名は、石五郎と梅の名前からとったという[s3]。

号数は、小さいほど糸が多い

帆布の厚みは「号」で呼ぶ。数字が小さいほど撚り合わせる糸の本数が多く、生地はおおむね厚く、重くなる[s4]。倉敷帆布の生地の案内では、1号は経糸7本、緯糸8本を撚り合わせた糸で織り、厚さ1.62mm、1平方メートルあたり1,014gある[s4]。旧JIS規格の帆布でいちばん薄い11号は、厚さ0.65mm(10号と同じ)、343gだ[s4]。あいだの8号は500gで、色数がいちばん多く、形によっては家庭用のミシンでも縫えるという[s4]。数字はどれも目安で、糸の種類によって変わると断り書きがある[s4]。実際、9号が8号よりわずかに厚く重いなど、隣り合う号数では逆になるところもある[s4]。

かばんの商品ページに「6号」「10号」と書いてあれば、それが生地の厚みのおおよその手がかりになる。

「約7割」は何の数字か

この数字の根拠を、倉敷市自身が広報サイトで調べている[s1]。経済産業省の工業統計で見ると、倉敷市の綿帆布製品の出荷額のシェアは、2017年で2.1%、全国16位だった[s1]。合成繊維の帆布製品は、2017年は5.7%で1位だった[s1]。ここでいう帆布製品は、シートやテント、日よけ、幌などのことだ[s9]。では7割はどこから来たのか。市が当時のバイストンに尋ねると、岡山県織物構造改善工業組合の全国綿帆布生産量調査をもとに、令和元年度の生産量(重さ)で67.5%だという答えが返ってきた[s1]。

約7割という言い方は、この答えより前から使われている。2017年の日本遺産のページにも[s2]、同じ年に国の事業の認定を受けた丸進工業とタケヤリの資料にも、国産帆布の約7割は倉敷でつくられていると書かれている[s10]。市が確かめられた根拠が、令和元年度の67.5%だった[s1]。これは製品の出荷額ではなく、綿帆布の生地を重さで量った割合で、元になった組合の調査そのものは公開されていない。2019年度の生地の量では7割近く、2017年の製品の出荷額では2%ほど。二つは数えているものが違うので、食い違って見えても矛盾はしない。

令和元年度のあとに起きたこと

その令和元年度から数年のうちに、郷内の二つの機屋は帆布を織るのをやめた。タケヤリは2023年1月20日で帆布事業を終えると発表し[s6]、丸進工業は2025年夏に生産を休止して、拠点を縮小して再開を探っていると報じられた[s7][s8]。丸進工業は2017年の資料で、国産帆布の約5割を自社と関係会社でつくっていると書いていた[s10]。約7割は、この二つが織っていたころの数字になる。いまの割合を示す新しい資料は、2026年11月の時点で、編集部が探した範囲では見つからない。

沿革によると、「倉敷帆布」は2003年に商標として登録したブランドの名前でもある[s5]。倉敷の帆布と書かれた品物を手に取るとき、それが織った土地を指しているのか、ブランドの名前を指しているのか。号数と一緒に、生地をどこで織ったかが書かれているかも見ておきたい。

この産地のブランド

出典

  1. s1国産綿帆布の生産量の約7割が倉敷産(くらしき知しき)(倉敷市 くらしき情報発信課(クラシキ文華)、2026年11月5日閲覧)
  2. s2日本遺産 倉敷市「帆布」(倉敷市、2026年11月5日閲覧)
  3. s3史を織る(歴史)(倉敷帆布株式会社、2026年11月5日閲覧)
  4. s4生地のご紹介(倉敷帆布株式会社、2026年11月5日閲覧)
  5. s5沿革(倉敷帆布株式会社、2026年11月5日閲覧)
  6. s6帆布事業1月20日に終了/タケヤリ(2022年12月28日)(繊維ニュース、2026年11月5日閲覧)
  7. s7倉敷帆布本店、20日に営業終了 美観地区店は販売継続(2025年12月13日)(山陽新聞、2026年11月5日閲覧)
  8. s8丸進工業が帆布生産休止 工場跡売却、再開を模索(2025年9月18日)(山陽新聞、2026年11月5日閲覧)
  9. s9おかやまのせんい vol.4(2019年)(岡山県 産業振興課、2026年11月5日閲覧)
  10. s10地域産業資源活用事業 「上綿帆布」の復刻(丸進工業、タケヤリ。2017年認定)(中小企業基盤整備機構(J-Net21)、2026年11月5日閲覧)