酒津焼から始まる、倉敷の窯

鶴形山のふもとの窯が酒津へ移り、京都と民芸の作家に学び、羽島や船穂にも窯が開かれるまで。いま倉敷の器を見られる場所。

編集部|公開:2026年11月6日

倉敷の焼きものと言われても、備前や萩のように、すぐに名前が浮かぶ人は少ないかもしれない。それでも倉敷には、明治から続く窯と、戦後に開いた窯がいくつもある。名鑑にも、酒津焼窯元、兜山窯、酒津榎窯、鶏尾窯、倉敷青木窯を載せている。倉敷の窯は、どこから始まって、どう広がったのか。

鶴形山のふもとから、酒津へ

酒津焼窯元の記録では、始まりは1869年(明治2年)だ[s1]。初代の岡本末吉が、鶴形山のふもとに窯を開き、倉敷新田の灘の粘土を使い、萩から陶工を呼んだと、窯元は書いている[s1]。兜山窯は、萩から職人を招いたのは酒津に移ってからとしている[s2]。1876年(明治9年)、酒津によい陶土があると聞いて窯を移し、兜山の南のふもとに窯を築いた[s1]。兜山窯は、この1876年を酒津焼の始まりとしている[s2]。

酒津に移ったときの名前は「加武登焼」だった[s1]。やがて、いつの頃からか、地名で酒津焼と呼ばれるようになったという[s1]。

1950年、酒津焼窯元は高梁川の東岸、酒津の水門のそばへ窯を移す[s1]。窯のあった西岸には橋がなく、渡し舟で行き来するのが不便だったためだ[s1]。それより前の1935年には、酒津焼の二代目の五男、岡本蕭一が、酒津焼の窯の隣に兜山窯を築いている[s3]。

京都と民芸の作家たちが来た

大正から昭和の初めにかけて、酒津の窯にはさまざまな作り手が訪れた[s1]。窯元の系図から、作陶を指導した人を抜き出すと、次のようになる[s1]。

  • 1930年(昭和5年):近藤悠三が来て、作陶を指導
  • 1932年(昭和7年):濱田庄司が作陶を指導
  • 1933年(昭和8年):河井寛次郎が作陶を指導
  • 1935年(昭和10年):バーナード・リーチが作陶を指導
  • 1937年(昭和12年):富本憲吉が作陶を指導

近藤悠三を京都から招いたのは、大原孫三郎の主治医だった三橋玉見で、酒津焼を盛り立てるためだったという[s5]。兜山窯を築いた岡本蕭一は、1935年に柳宗悦と出会って民芸の美を学び、そのころ酒津を訪れたリーチ、濱田、河井、富本の指導も受けた[s3]。倉敷市立美術館の2015年の展覧会も、柳宗悦や民芸運動の作家たちの指導で、酒津焼が大きく変わったと紹介している[s4]。

倉敷で民芸を後押ししたのは、大原家だった。大原孫三郎は民芸運動の理解者で、支援者だった[s6]。孫三郎の考えは息子の總一郎に受け継がれ、1948年、總一郎に招かれた外村吉之介を初代館長に、江戸後期の米倉を使った倉敷民藝館が開く[s6]。東京の日本民藝館に次ぐ、日本で2番目の民藝館だ[s6]。大原美術館には1961年に陶器館が開いた[s7]。いまの工芸・東洋館で、濱田やリーチ、富本、河井の陶芸を展示している[s17]。

戦後、窯が広がる

戦後になると、酒津の外にも窯が開かれる。

1946年、酒津焼の職人で轆轤の名人として知られた小河原虎吉が、大原總一郎らの援助を受けて羽島に窯を開いた[s8]。暮らしの中で使われることを考えた、簡素で落ち着いた器の羽島焼だ[s8]。虎吉が亡くなったあとは家族が窯を継いだが、跡継ぎがなく、2022年の末に76年の歴史を閉じた[s8][s13]。

同じ羽島では、1951年に岡本欣三が中国の青磁にひかれて天神窯を開いた[s9]。いまも欣三の長男の篤さんらが窯を継ぎ、2026年10月にも、毎年つくる干支の香合を窯出ししている[s9][s10]。

大原美術館の館長だった武内潔真の次男、武内晴二郎(1921〜1979)は、羽島窯の発足に携わりながら自分でも陶芸に打ち込み、1960年に酒津に酒津堤窯を築いた[s11]。型物のスリップウェアや練上の器で知られる[s11]。1986年には、酒津に酒津榎窯、船穂に鶏尾窯が開かれる[s15][s16]。2024年の早春には、青木山のふもとに倉敷青木窯が開いた[s12]。倉敷民藝館は2025年度、この窯の水差を収集している[s14]。

いま、倉敷の器を見るなら

倉敷民藝館は、2026年度も常設展示に「岡山の民藝品」を予定している[s18]。何が並ぶかは時期による。2023年から2024年にかけては、羽島焼の小河原虎吉の仕事を振り返る企画展を開き、2025年度には虎吉の作品の寄付も受けた[s13][s14]。

買える器を探すなら、名鑑の窯から選ぶといい。酒津焼窯元と兜山窯は、明治から続く酒津の流れを、川の東と西でそれぞれ受け継いでいる[s1][s2]。酒津榎窯は辰砂の赤と呉須の青[s15]、鶏尾窯は船穂のマスカットの灰の釉と、穴窯の焼き締めだ[s16][s19]。民藝館で古い器を見てから窯の器を手に取ると、同じ土地の焼きものが、どう変わり、何を残してきたかが見えてくる。

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出典

  1. s1酒津焼の歴史と系図(酒津焼窯元、2026年11月6日閲覧)
  2. s2兜山窯について(倉敷酒津焼 兜山窯、2026年11月6日閲覧)
  3. s3作家紹介 初代 岡本蕭一(倉敷酒津焼 兜山窯、2026年11月6日閲覧)
  4. s4酒津焼の美(倉敷市立美術館、2015年)(国立新美術館 アートコモンズ(主催 倉敷市教育委員会)、2026年11月6日閲覧)
  5. s5倉敷のやきもの part2 近藤悠三(2026年)(きび美ミュージアム、2026年11月6日閲覧)
  6. s6倉敷民藝館について(倉敷民藝館、2026年11月6日閲覧)
  7. s7大原美術館の沿革(大原美術館、2026年11月6日閲覧)
  8. s876年の歴史に幕 羽島窯 最後の窯出し展(2022年11月27日)(倉敷ケーブルテレビ、2026年11月6日閲覧)
  9. s9天神窯(くらしき地域資源ミュージアム)(倉敷観光WEB(倉敷市観光情報発信協議会)、2026年11月6日閲覧)
  10. s10天神窯でヒツジの香合窯出し(2026年10月22日)(山陽新聞、2026年11月6日閲覧)
  11. s11特別企画展「柚木沙弥郎と武内晴二郎」(2024年)(倉敷民藝館、2026年11月6日閲覧)
  12. s12特集63 倉敷青木窯(クラシキ文華、2025年11月4日)(倉敷市 くらしき情報発信課、2026年11月6日閲覧)
  13. s13特別企画展「羽島焼―小河原虎吉の仕事―」(2023年)(倉敷民藝館、2026年11月6日閲覧)
  14. s14令和7年度 事業報告書(倉敷民藝館、2026年11月6日閲覧)
  15. s15酒津榎窯(くらしき地域資源ミュージアム、2013年8月)(倉敷観光WEB(倉敷市観光情報発信協議会)、2026年11月6日閲覧)
  16. s16鶏尾焼(くらしき地域資源ミュージアム、2025年11月更新)(倉敷観光WEB(倉敷市観光情報発信協議会)、2026年11月6日閲覧)
  17. s17フロアマップ(工芸・東洋館)(大原美術館、2026年11月6日閲覧)
  18. s18令和8年度 事業計画書(倉敷民藝館、2026年11月6日閲覧)
  19. s19プロフィール(鶏尾窯)(鶏尾窯、2026年11月6日閲覧)